インターネットスラングで、笑いを表現する方法はいくつも存在します。
一例を挙げただけでも「(笑)・藁・ワロタ・w・草」など…。
しかし、現代のツイッターや5ちゃんねるにおいて、恐らく一番主流になっている表現は「草」ではないでしょうか。
このスラングはもはやネットの枠を飛び越えてリアルの領域でも使用されるようになっています。
しかし、一昔前は笑いを表現するネットスラングが「w」であった時代もあり、後述しますがいったいなぜ簡略化された末にたどり着いた「w」から「草」へと表現が「退化」してしまったのか。
この記事では、そのあたりを解説していきます。
1.ネットにおける「笑いを意味するスラング」の歴史
2ちゃんねるのアスキーアート(出典:Wikipedia)
そもそも、インターネット通信が一部のマニアたちの間で導入された1980年代から「笑い」を表現するためのスラングが用いられていました。
当時は「(笑)」が主流だったようですが、これは「当時のチャットツールによる漢字入力の制限」や「入力のしやすさ」などからしだいに「w」へとその地位を譲っていくことになります。
黎明期には「w」の一文字で用いられていたようですが、この文化が当時アングラな場としてにわかに普及していた2ちゃんねるに持ち込まれると使用法に変化が生じてきました。
これまでは「〇〇だw」とされていた用法が、「〇〇だwwwwwwwwwww」と、文末に多数を置くことが通例化していきます。
そして2ちゃんねるの人気が高まっていくとともにネット全体にこの使用法が広まっていき、やがてネットスラングとして笑いを表現する第一の手法に成長していったのです。
したがって、現代でも当時の2ちゃんねるの文化を残すニュー速VIPやニコニコ動画といった一部の界隈では現役のスラングとして活躍しています。
ところが、先にも述べたように現代では「草」がネット全体で普及しており、その勢いは
ラインなどのリアルに近いSNSやリアルにおける会話
にさえ登場するほどなのです。これについては、先の「www」では見られなかった大きな特徴です。
そして、この「草」がどこで普及したかといえば、私の記憶では2010年代前半のなんでも実況Jと指摘できそうです。
この通称なんJという掲示板は先に触れたニュー速VIPなどと同じく2ちゃんねるの板であり、2010年代に入ってVIPが衰退してくると2ちゃんねるの巨大板に成長していきました。
その勢いは時を同じくして普及してきたTwitterにも大きな影響を与え、現代のネットスラングはこのなんJ発祥のものが少なくありません。
以上のような歴史の中で、笑いを表現するネットスラングは変化してきたのです。
2.なぜ「www」は「草」へと「退化」したのか
ここまで振り返ってきた歴史を整理すると「表現が変わったのは単に流行が変わっただけでは?」とお考えの方もいらっしゃるかもしれません。
確かにそれもまた事実なのですが、個人的にはこの表現の変化から「単なる流行り廃りではないネット社会の変質」を見ることができると思うのです。
特に、「表現を簡略化する」という目的で最も入力が容易な「w」が普及したにもかかわらず、文字数も変換工程も増えた「草」にその地位を取って代わられたのはなぜか。
このあたりを考えていくと、面白い仮説がいくつも浮かんできました。
1.ネットが「オタクのもの」から「みんなのもの」になった
皆さんは「www」という表現を改めて見てみて、どんなことを感じますか?
私に言わせれば「懐かしさ」と「オタクっぽさ」を匂わせる表現だと思っています。
こう感じる理由も言語化することができて、かつて私を含めてネットの住民はみな「オタク」であり「アングラ」なことを自覚していました。
これは現代と違ってインターネットに接続できる環境も人も限られていたためで、ある程度機械に精通している≒オタク気質がある、という図式さえ成り立ち得ました。
そのため、「www」が用いられていた00年代はインターネット社会が「オタクのための、オタクによる領域」と化しており、リアルとの結びつきは今よりずっと希薄だったように思えます。
こういう事情があったために、ネットにおいて流行していた「www」は、現実の世界にひとたび出てしまうと「オタク的でリアルから浮いた存在」と見なされてしまっていたのです。
しかし、10年代に突入するとスマホの普及によってSNSが爆発的な流行を見せていき、日本人にとって「国民総インターネット住民」という時代が訪れました。
こうして以前であれば絶対にネットを利用していなかった層が流入したことにより、ネット文化も連動して変化していったのです。
そこで、我々はかつて「オタク的なネットの象徴」であった「www」を切り捨て、ちょうど当時なんJで流行していた「草」を代用表現として用いることで、「アングラな世界としてのインターネット文化」を無意識のうちで拒否する姿勢を見せたのではないでしょうか。
我々が「www」に懐かしさを、あるいはオタクっぽさを感じてしまうのは、こうしたネット社会の変化に影響されているのかもしれません。
2.スマホの普及によって「w」より「草」が入力しやすくなった
先にも述べてきたように、「w」が台頭した理由は「入力難易度を下げ、入力時間を削減する」というものだと考えられています。
これはキーボード入力を想定いただけると大変分かりやすいのですが、確かに「www」と入力するのは非常に容易です。
実際、「www」と「草」の入力に必要な工程を書き出してみると
と、小さな差にも思えますが明らかに「www」のほうがかかる手間を削減できています。
これは単なるチャットであれば気にしなくてもよい程度の差ですが、例えば番組実況やネトゲのチャットで文字入力をする場合、最速であることは非常に大切になってくるのです。
ところが、上記で前提としたキーボード入力ではなく、昨今のトレンドでもあるスマホ入力を想定して入力難易度を検討してみると、その差はむしろ逆転しかねないということに気づかされます。
実際、私の手元にあるスマホの「フリック入力」で手順を比較してみると
3.リアルで口にすることを考えると、草のほうが使い勝手がいい
「www」という表現には、実はこれと言って正しい読み方が存在しません。
ここまで見てきたように、そもそも「www」はインターネットチャットでのみ使用することを前提として生まれてきたものなので、読み方は必要なかったのです。
とはいえ、しだいに「www」が普及していくと一応の便宜的な読み方が登場してくるようになります。
それは「わら」で、例えばゆっくり実況やsoftalkなどの音声読み上げツールを用いる際にしばしばこの発音を聞くことができるでしょう。
そのため、「www」は「わらわらわら」と読むことになります。
しかし、これを実社会の会話の中に織り交ぜていくと、その使い勝手が非常に悪いことに気づかされます。
例えば、「ちょwwwおまwww」のようなお馴染みの定型表現は、発音してみると笑いを伝えたいにもかかわらずとにかくまどろっこしく聞こえてしまうでしょう。
そのため、現実で発音する場合には「〇〇でわろた」や「〇〇で笑う」というように、他の表現を用いることも多かったです。
一方、「草」という表現は、会話の中における汎用性が非常に高いです。
ネット上で用いられる使い方として代表的な「(面白いことに対して)草」「草生える」「○○で草」という表現は、どれも会話の中に違和感なく取り入れることができます。
したがって、リアルとネットが接近した結果「リアルとネットで両用できる表現の需要が高まった」という可能性は指摘できるでしょう。
3.まとめ
ここまで、「w」と「草」の入れ替わりに関する様々な考察を実施してみました。
正直こんなバカげたことをマトモに考察している方が全然いなかったので参考資料を示せないのは残念ですが、もっと理論を詰めていけば面白い研究分野になる可能性を秘めているように感じます。
ネットとリアルが不可分のものになったという言説は至るところで確認できますが、その事実はネット文化にも非常に大きな影響を与えているのです。
仮に私の仮説が正しいとするならば、ネットスラングが「消滅」してしまう日もそう遠くはないのかもしれませんね。
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