偏差値45から1年で!底辺高校から上智大学に現役合格した逆転合格体験記

桜 満開エッセイ
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4.夏休み後からセンター試験までの受験勉強と志望校決め

冬 都市

夏休みで確かな手ごたえを得た筆者は、夏が終わってからも成績を向上させていきました。

そのため、進学先に新たな選択肢が浮上してくることになります。

1.夏休み後は基礎と過去問対策に重点

夏休み後は、ある程度知識がついてきたので今までの基礎と過去問演習を繰り返しました。

主にMARCHの赤本に取り組んでおり、点数は合格ラインに届いていたような記憶があります。

また、模試も偏差値70前後を安定してとれるようになり、筆者よりも周囲の人たちが騒がしくなっていました。

担任や塾の講師から勧められたものが「MARCHではなく早慶への挑戦」に代わっていったのです。

2.早稲田を受けろと言われたが…

筆者の周囲の人たちに模試の成績が知れ渡るようになると、いろいろな人が受験に対して協力的になっていきました。

学校の先生にはこれまでもお世話になっていたのですが、より親身に進路相談を聞いてくれるようになります。

その中で、「早稲田を受けたらどうか」という言葉を掛けられる回数がしだいに増えていきました。

確かに成績的にC判定までは出ていたので、挑戦校として早稲田を勧める進路指導は合理的なものです。

たぶん、筆者が同じ立場にいても同じことを言ったと思います。

ただ、ここまで書いてきているように筆者の目標は「MARCHの史学科に入ること」だったので、早稲田を受けることにはためらいがありました。

理由は複数ありますが、早稲田対策として英作文や記述対策をしなければならなかったことや、早稲田の合格発表を待つまで合格した抑え校に入学金を払わなければならないことが大きかったです。

こうして早稲田をためらっていると、ある日塾で「上智大学対策講座」なるものがやっていることを知ります。

上智大学という進学先は頭にもなかったのですが、単純に無料で国英日本史の講座を受けられるということでふらっと受講しました。

すると、その講座で「あれ、意外と問題が解けそうだ」という実感を得たのです。

加えて、入試はすべてマーク式で史学科もあり、かつ入学金も抑え校に払わなくてもいい日程になっていたので「これだ!」と一転して上智大学を第一志望に決めたのでした。

こうして、志望校が確定したのは受験直前の11月になってからでした。
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5.実際の受験校と受験結果

上智大学 外観画像出典:https://www.sophia.ac.jp/jpn/news/PR/2016/0327003.html

ここでは、いよいよ実際の受験校と受験結果を公開していきます。

まあ現在上智大学に在学しているというのは公言しているので、ご存知の通り最終的には合格するのですが。

1.実際の受験校は上智からMARCHが中心

まず、実際の受験校は以下の通りです。なお、(セ)とついているものはセンター利用方式の受験です。

上智大学文学部史学科
上智大学総合人間科学部教育学科
明治大学文学部地歴学科
明治大学文学部地歴学科(セ)
中央大学文学部史学科
法政大学文学部史学科
法政大学文学部史学科(セ)
東洋大学文学部史学科(セ)
見ての通り、ほとんどの受験校が文学部史学科になっています。
上智の教育に関しては挑戦校ということで可能性を増やしておきたかったこと、本命の史学科を受ける前に練習をしておきたかったことが受験理由です。
この受験校一覧を見てもらうと、筆者がいかに「MARCHの史学科に行くこと」を重視していたかよくわかるのではないかと思います。
また、正直受けはしたものの上智に受かるとはあんまり思っていませんでした。

2.センター試験の結果は奮わず…

まず、1月の2週目に受けたセンター試験の自己採点を公開しておきます。

英語…154点
リスニング…34点

国語…163点
日本史…100点

合計得点率…83%

正直、センター試験の出来自体は良いとは言えず、どちらかといえば失敗寄りでした。

この失敗の原因はよく分析していないのですが、思えば筆者が「入学試験テスト」を受けたのはこのときが初めてだったからかもしれません。

中学は公立で、高校も推薦で入学したためにペーパーテストはありませんでした。

そのため、試験特有の緊張感に負けていたのかもしれません。

ともかく、この結果でMARCHのセンター利用はボーダースレスレになってしまいました。

したがって、MARCH合格の確証がないままに本命の入試に挑むことになったのです。

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3.私大入試は上智・中央・法政・東洋に合格!

こうして出だしでつまづいてしまった筆者でしたが、とりあえず浪人は回避できそうでひと安心していました。

パーセンテージ的に東洋のセンター利用は確勝だったので、あとは行く大学が変わるだけでした。

しかし、その安心感からかセンター試験後に勉強をしていた記憶はほぼありません。

ちなみに当時はアニメにドはまりしていて、攻殻機動隊SACを観つつデレステをやっていた記憶があります。

このように、試験直前は心境的にかなり余裕がありました。

その理由は単純で、筆者の受験前の学力と学校のレベルを考えれば「MARCHに一つ受かれば大逆転」だったからです。

夏以降MARCHに関しては模試でAないしはB判定しか取っていなかったので、全落ちすることは全く考えていませんでした。

こうして心理的にかなりの余裕をもって臨んだ私大受験結果は、最終的に次のようになりました。

上智大学文学部史学科…合格
上智大学総合人間科学部教育学科…合格
明治大学文学部地歴学科…不合格
明治大学文学部地歴学科(セ)…不合格
中央大学文学部史学科…合格
法政大学文学部史学科…合格
法政大学文学部史学科(セ)…合格
東洋大学文学部史学科(セ)…合格
このように、ほとんどの受験で合格を勝ち取ることができたのです。
シレっと明治には落ちていますが、その理由は筆者の受験年だけ志願者が急増していて倍率が高くなってしまったことと、個別試験が上智の合格発表後に行なわれたのが大きな理由です。
そのため、体感的にはほぼ100%の結果を得ることができました。
そして、かねてからの夢であった歴史学を学ぶために現在の上智大学文学部史学科へと進学するのでした。
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6.まとめ

ここまで、筆者の大学受験に関する体験記をまとめてきました。

筆者のように受験勉強開始前の学力や高校のレベルが低いという方にも、努力次第で高偏差値の学校を狙えるということを感じていただけると幸いです。

また、今振り返って筆者の成功体験を分析すると、次の要因が逆転合格を果たした理由として考えられます。

1.勉強が嫌いではなかった

2.小さい時から読書で読解力が鍛えられていた

3.歴史にもともと関心があった

4.どうしても大学で歴史を学びたいという夢があった

5.毎日同じことを繰り返す忍耐力があった

これらの点は性格や小さいときからの習慣も影響しているので「これらがなくてはならない」とは言えませんが、四番目に挙げた「どうしても〇〇大学に行きたい」という目標は、逆転合格を狙うのであれば持っておくべきだと思います。
その理由は、0からのスタートを強いられる我々のような立場であれば、せめてメンタル面だけでも優位に立っておくべきだと考えるからです。

そして、最後になりますが昨今は都内の私大は受験難易度が格段に上昇しています。

そのため、筆者くらいの成績を残している受験生がMARCHにも引っかからないという声もよく聞きます。

ただ、それに関しては残念ですが時代が悪いとあきらめるほかありません。

合格者が現実に存在する以上、筆者よりもさらに努力を重ねる必要があるということです。

それでも「為せば成る」という経験をすることは、今後の人生を生きるうえで大きな財産になります。

また、ただの合格ではなく逆転合格を果たすと周囲からの注目度が段違いですし、自分自身も受験が終わってしばらくは鼻高々に過ごせます。

そのため、学校や自身のレベルが低いという方も「むしろ下克上ができる機会がある!」と前向きに考えていきましょう。

そして、現役の受験生には第一志望に合格することでこれらの感覚を味わっていただきたいと願っています!

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