アニメ『かぐや様は告らせたい』の感想と評価、ネタバレ!円盤売上から2期の可能性も検討

DVD 複数枚 画像アニメ
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さて、先日の放送をもって、連載を続けていた『かぐや様は告らせたい』の感想記事は完結ということになりました。

そこで、先日も宣言していたように、今回はアニメ『かぐや様』全体の感想をまとめていきたいと思います。

さらに、皆さんが気になっていると思われる2期実現の可能性についても考察をしていきますので、ぜひお付き合いいただければと思います。

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1.『かぐや様は告らせたい』各話感想記事と振り返り

かぐや様 メインビジュアル
画像出典:https://abema.tv/video/title/26-66

さて、まず本題の全体感想に入る前に、これまで当ブログで取り扱ってきた各話の記事を紹介しておきます。

なお、『かぐや様』に興味を持ったのが5話以降だったので、そこまでの回については記事が存在しないことをご了承ください。

こうして見ていくと、大崩れした回がなく常に安定したクオリティを維持していたことがわかります。

また、作画も最後まで高いレベルを維持しており、こちらに関しても一定の水準を保っていたことはとても好印象です。

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2.『かぐや様は告らせたい』全体の感想

それでは、いよいよ全体を通じての感想に触れていきたいと思います。

ブログでずっと追いかけていることからもわかるように、結論から言えば今作には高い評価が与えられる作品です。

1.細やかな部分まで丁寧に作られている

さて、まず本作最大の特徴は、今までの記事でも触れているように『作りが非常に丁寧』であることが挙げられます。

筆者もマニアと言うほどではないもののそれなりの数アニメ作品を見てきたので、製作事情が苦しい場合にどこの部分で手を抜くか、ということは心得ています。

具体的には、背景の書き込みや作画枚数が少なく止め絵が多用されるなど、作画関係は特に制作進行のダメージをダイレクトに受けやすいです。

しかしながら、本作は第一話から作画には気合が入っており、その勢いのまま最終回まで大崩れしなかったという印象があります。

途中で失速するアニメも少なくない中で、これは大変好印象でした。

さらに、演出やちょっとした音楽の使い方にもかなり神経が行き届いており、考えに考えを巡らせて採用されているということがこちらまで伝わってきます。

脚本自体は原作からかなり出来がいいので、それを万全の態勢でアニメ映像にした時点で本作の成功は約束されていたといえるでしょう。

2.良くも悪くも相当な原作リスペクトを感じる

また、本作のもう一つの特徴は「原作への相当なリスペクトを感じる」という点です。

脚本の再現度から演出まで、とにかく原作の良さを尊重した作りになっていた印象があります。

そのため、本作には「アニメオリジナル」の要素がほぼなかったといえるでしょう。

以前の記事でも言及しましたが、この通称「アニオリ」要素はかなり諸刃の剣であり、その要素が作品そのものを破壊してしまうことも少なくありません。

また、原作ファンからすれば「原作が好きでアニメを見ているんだからそれを再現してくれ」という意見が出るのももっともで、とくに近年では採用されることが少なくなってきました。

そのため、そうした不確定要素を徹底的に排除し、原作に忠実であることを基本路線として制作された本作の路線は、商業作品としてあるべきスタンスをとっていたといえます。

ただし、タイトルで「良くも悪くも」と言っているように、この徹底した原作リスペクトが裏目に出ている場面も全くないわけではありませんでした。

特に、最終話ではそれが顕著に出てしまったかな、という印象があります。

ただ、繰り返しにはなりますが「原作をリスペクトする」という製作姿勢は基本的に称賛されるべきで、他作品のスタッフにも見習ってほしいほど徹底していたことは素晴らしかったです。

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3.「花火の音は聞こえない」はハードルが高かっただけに…

かぐや様は告らせたい かぐや 花火
画像出典:https://www.animatetimes.com/news/img.php?id=1553223005&p=1&n=7

ここまでは基本的に賛の意見がメインだった本作ですが、強いて難点を挙げるとすれば「花火の音は聞こえない」という目玉エピソードにはモノを申したいと感じました。

構成については皆さんもご存知かと思いますが、11話のCパートで前編を消化したのち、12話のAパートで後編を、12話のBパートで「避けたくない」のエピソードを放映して作品を締めています。

まず、この構成については「花火の音は聞こえない」というエピソード単体で一話用いて、そこを最終回に当てるべきだったと感じています。

つまり、12話で前後編を消化して、花火が上がったタイミングでEDを流し、Cパートで「避けたくない」の一部分を拝借するような形で作品を締めるのが妥当だったと思いました。

そうすると作品全体が締まりますし、前後編を繋げることでよりかぐやの心理的な浮き沈みを表現できるような気がしました。

ただし、このエピソードについては「どうしてこんな構成にしたのか意味が分からない」というような種類のものではなく、「意図は分かるけど自分の好みと違った」というように思えました。

その「意図」とは単純で、筆者は最終回に「ラブ」を重視してほしかったのですが、本作の最終回では「コメ」が重視されていたということです。

確かに、原作でもこのエピソードはギャグ要素がそれなりに用意されており、「原作再現」という意味ではこの路線もある意味正しいのでしょう。

しかしながら、ここでは「漫画」と「1クールアニメ」の違いを考えなければなりません。

例えば、このエピソードはあくまで原作5巻のエピソードに過ぎず、漫画ではすぐに次のエピソードに突入します。

ただし、アニメでは12話というそれなりの期間放送されてきたアニメの「締め」という立ち位置にあったエピソードで、原作とは性質が異なるものであることがわかります。

つまり、アニメで原作をほぼ完全再現してしまうと、「一週間後に次のエピソードが来るように設計されている脚本を、アニメの大トリにもってきてしまう」という構成上のミスマッチが発生してしまうのです。

ここは原作をリスペクトしていた点の弊害であり、そもそもアニメとは性質が違うのだと割り切って「ラブ&シリアス」を強調してほしかったと感じました。

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