ミニマリズムの進化系?私が実践する捨てない「ネオミニマリスト生活」を広めたい

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昨今流行の生き方に「ミニマリズム」というものが存在するのをご存知でしょうか。

実態は読んで字のごとく、「生活に必要最低限のものしか持たない」という発想から来ているスタイルで、人生から一切の無駄を排していくことによって暮らしを営むことを指します。

結論から言えば私もその発想自体は理解できなくもないのですが、自分の生き方を考えてみるとそれが「ミニマリスト」と似て非なるものであるということに気づいたのです。

そこで、この記事では「ミニマリズム」に代わる新たな生き方として、私が実践し便宜上「ネオ・ミニマリズム」と名付けているライフスタイルをご紹介したいと思います。

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1.そもそも「ミニマリスト」とは?

ミニマリズム イメージ画像

さて、冒頭分でも多少「ミニマリズム」および「ミニマリスト」に関する説明は加えましたが、ここで改めてそれらに関する補足説明を行っておきます。

まず、辞書のレベルでこれらの単語がどう定義されているか、それを見ていきましょう。

ミニマリスト

持ち物をできるだけ減らし、必要最小限の物だけで暮らす人。

自分にとって本当に必要な物だけを持つことでかえって豊かに生きられるという考え方で、大量生産・大量消費の現代社会において、新しく生まれたライフスタイルである。

「最小限の」という意味のミニマル(minimal)から派生した造語。

出典:知恵蔵

このような内容が出てきました。

ちなみに、「ミニマリスト」という単語自体はかなり最近の造語であり、辞書によっては「マルキシズムの~」というような政治用語として紹介されることもあります。

さらに、辞書レベルの定義ではなく実際に「ミニマリズム」を実践する方による具体例を見ていきましょう。

ここでは、ミニマリストとして著名なしぶ氏にインタビューした記事を紹介します。

この記事にて述べられている内容をまとめると、概ね以下のようになりました。

・モノを買わないことで節約の効果がある
・モノを捨てることで「体力の削減」「選択と集中」などの効果がある
・必要最低限のモノは残す
この記事を読んで、正直私は「だいたい共感できるな」と思いました。
その証拠に、私の提唱する概念「ネオ・ミニマリズム」も、実は似たような発想から生じています。
ただし、決定的に違う考え方が一点だけあります。
それは、「モノを捨てる」という行為に対して、基本的に否定的な立場をとるという点です。
このあたりについて、詳しくは下記で述べていきますね。
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2.私の提唱する「ネオミニマリズム」とは?

科学技術 イメージ画像

続きまして、「ミニマリズム」と似て非なるものと表現してきた「ネオ・ミニマリズム」について解説を加えていきます。

1.ネオ・ミニマリズム=モノの「機能面」だけを重視すること

さて、そもそも「ネオ・ミニマリズム」という生き方について、なぜこの言葉を当てたか、という点から解説していきます。

これはタイトルでも示しているように、私の提唱したい生き方においては「モノの機能にのみ着目する」ということが非常に大切になります。

これを頭に浮かべた時、概念に対して付与するべき適切な言葉はないしは「ネオ・ミニマリズム」ではないかという結論に至ったのです。

つまり、端的に言えばこの概念を生活に取り入れましょう、ということなのです。

2.モノの「機能」だけを重視するとはどういうことか

上記で言葉を付与した動機については解説を加えましたが、一方で、

モノの「機能」だけを重視するって、具体的にはどういう事さ!

という方も多数いらっしゃることと思いますので、具体例を挙げながら説明していきましょう。

例えば、皆さんが洋服の購入を検討しているとしましょう。

通常であれば、「デザイン」を重視するという方が最も多く、次いで「価格」や「着心地」などを検討材料にすると思うのです。

しかし、「ネオ・ミニマリズム」の概念から考えると、それと全く異なった選び方をすることになります。

ネオ・ミニマリズムの視点で洋服を選べば、まず第一に重視するべきは「機能性」となり、機能的に「洋服」として求められるものを満たしているかが争点になるのです。

ここをさらに詳しく説明していきましょう。

現代の社会において我々が洋服を着る「機能的」な目的は、大きく分けて3つほどあると考えられます。

1.寒さや熱さといった外的環境に少しでも適応する
2.陰部や恥部の露出を防ぐ
3.社会の構成員として周囲に適応する
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それぞれを言い換えると、1は「気温による不快感をなるべく抑える」、2は「露出狂にならない」、3は「社会から浮かない程度の服装を心掛ける」となります。
どれも社会を生きていくうえでは外せない要素になっていると思われますが、3については少し違和感を覚えた方もいらっしゃるかもしれません。
ひとまずそこは一旦置いておいてまとめると、「機能性」という観点からいけば、上記の3要素を満たしている洋服でさえあれば何を買ってもいいということになりませんか?
つまり、「ネオ・ミニマリズム」の本質はここにあるのです。
この考え方を応用すれば、その洋服が赤色であろうと青色であろうと、Tシャツであろうとポロシャツであろうと、なんでも「機能的」には違いがないということが言えます。
もっとも、こと洋服の場合は3の項で説明した「社会的協調性」というものが重要になってくるので、例えば金色のTシャツを着るという事に抵抗のある方は多いでしょう。
そこで、「最低限の社会性を誇示できる服装」が求められる場面も多いことを踏まえ、端的に言えば「うわ、こいつダサすぎて引くわ…」と思われない程度の服装は「機能面」だけを重視しても検討するべきでしょう。
もっとも、その服装がどのブランドであるとか、どの高級素材を使用しているとか、そういったことは「機能性」に関係ないので論外です。
ただ、「このブランドの製品を着ることによる機能的なメリットは大きく、コストを回収できる!」というのであれば話は別ですけど。

3.「ネオ・ミニマリズム」の実践で得られるメリット

さて、洋服の例え話をできるだけ分かりやすく用いたつもりなので、共感できるかどうかはともかく考え方そのものは理解していただけましたでしょうか。

ここからは、

「ネオ・ミニマリズム」を生活の文脈に持ち込んだ際、いったいどのようなメリットがあるのか

という点について紹介していきたいと思います。

1.機能だけを重視すると、節約につながる

これは「ミニマリズム」と同じようなメリットですが、機能面を突き詰めていくことは節約に直結します。

洋服の例えでも紹介したように、世の中に「洋服としての機能性」を満たしていない洋服は当然ながらほぼ売られていないでしょう。

つまり、ここから考えると「何を買っても問題はない」ということがいえると思います。

では、世の中全ての服が同一の機能を持っていると考えた場合、次に重視するものは何になるのか。

それは、当然ながら「価格」に他なりません。

その「機能」を購入するのに対し、どれだけのコストが必要なのか。そこが判断材料になってくるのです。

この考え方は、無論買い物だけではなく人生全ての「選択」に応用することもできます。

自分にとって最低限必要な「機能」を考え、それを最小限のコストで手に入れる。

これの繰り返しが自然にできるようになると、結果として節約がなされていくことになるのです。

2.内面および外面を分析する力が向上する

「ネオ・ミニマリズム」の実践は、その副産物として「内面」つまり自己と、「外面」つまり周囲の環境を分析する力が向上します。

そもそも、先ほどの「洋服」に関して、対象への分析が普通の買い物よりも多かったことに気づいた方もいらっしゃるでしょう。

通常の買い物であれば、考えなければならないのはせいぜいデザインと価格のバランスくらいですし、自分にとって納得できればそれが全てです。

しかし、機能面を突き詰めるには、まず「洋服」というアイテムに求められる最低限の「機能」を追求し、さらにその機能が最も安価に購入できる方法を考える必要が生じます。

これは一見面倒な作業に思えますが、この繰り返しを経ることで自分にとって本当に必要な「機能」つまり自分にとっての願いが明確な形で思い浮かぶようになるのです。

こうすることにより、わざわざ「自分探し」を行なわなくても常日頃から自己を分析できるようになります。

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また、さらなる副産物として「買い物上手になれる」というものもあります。

この場合は洋服だと少しわかりずらいので、仮にパソコンを購入するとしましょう。

さらに、そのパソコンを購入したいと思った動機が「どうしても最新のゲームをやりたい」であったとします。

その場合、まず「ゲームがしたい」という「機能」に着目し、それを満たすことができるPCを探さなければなりません。

加えて、同一の機能を有しているどのPCが安価かを検討する必要も生じるでしょう。

こうなったとき、機能面を満たした最も安価な商品を買うためには、「PCの相場」「新品・中古の家格とリスクの差」「自作やBTOの検討」など、多角的な分析を求められます。

日ごろから分析をすることが、その対象に対する認知を深めることに繋がる理由がお分かりいただけるでしょう。

3.他者との比較ではなく自分なりの幸福を見つけられる

これは「ネオ・ミニマリズム」の実践を積み重ねた末の極致ですぐにたどり着ける感覚ではないようにも思いますが、最終的に機能性を突き詰めていくと小さなことでも幸せを感じられるようになります。

例えば、先ほど例えたPCの話をもう一度引っ張り出して考えてみましょう。

私にとってのPCとは「PCに求められる基本的な操作をストレスなく行えるマシン」のことです。

つまり、OfficeやiTunes、Chromeといったソフトが動いてくれることを「機能」として求めており、最新のPCゲームが動作する必要はありません。

これにより、私が新たなPCを買うという発想は、自己に内包する「機能性審査委員会」という心の機能によって否決されるのです。

しかし、そのことがストレスになる、ということはあまりありません。

なぜなら、私にとって必要な「機能」を満たしたマシンを既に手にしていますし、それだけである種の幸せを感じることができているからです。

つまり、「ネオ・ミニマリズム」の発想は人間の飽くなき欲求に歯止めを掛けつつも、合理的な形で心に幸福感をもたらしてくれます。

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